受け継がれる伝統の技!日本各地にある刃物の産地

ヨーロッパ圏なら洋包丁、中国なら中華包丁というように、世界ではそれぞれの食文化を象徴する調理用ナイフが存在しています。日本においては「和包丁」が当てはまります。元々は日本刀のような長い刃を持っていたのですが、食文化の発展により徐々に形も変わり、現在普及しているような包丁の形となりました。日本ならではの包丁は、今も全国で活動する刀匠たちの存在なくしては発展しませんでした。こちらの記事では、全国でも刃物の産地として知られる地域をご紹介していきます。

 

「和釘」と「鎚起銅器」から発展した新潟県・燕三条市

新潟県燕三条は、金属加工企業が多く集まるエリアとして知られています。

燕三条は豊富な鉱物資源に加え、鍛治の燃料となる炭が手に入れやすい地形なため、鍛治が盛んになる条件が揃っていました。

江戸時代には、江戸の大火が原因で「和釘」の需要が急増し、和釘専業の職人が多く育ちました。さらに江戸時代中期には金鎚で叩いて成型する工芸「鎚起銅器」の技術が仙台より伝わり、様々な金物が作られる地域となっていったのです。

明治時代に入ると和釘ブームは落ち着きます。ですが、その頃には大工道具や打刃物へと新たな金物作りへと発展。和釘や鎚起銅器作りの技術が、キセルやヤスリ、洋食器といった産業へと昇華していきました。

 

300人の刀匠が集まった岐阜県・関市

岐阜県・関市の鍛治技術は「関鍛治」として名を轟かせています。鎌倉時代から室町時代初期にかけ、関鍛冶の刀祖である「元重」と「金重」の兄弟が関に移住したことにより関鍛治の歴史は始まります。

そもそも、関市は鍛治に用いる焼刃土と松炭、良質な水といった鍛治にはうってつけな風土なのです。室町時代に入ると「美濃伝」という流派が誕生。美濃伝の刀は「折れず、曲がらず、よく切れる」として知られ、武将たちからも愛用されたとか。

室町時代には関市に集う刀匠は300人を超えたと言われます。カミソリや化粧道具などを製造する世界的な企業「貝印」も、刃物の街である関市で生まれました。

 

古墳時代から続く鍛冶文化、大阪府・堺市

さらに、鍛治の街として欠かせないのは大阪府の堺市。堺鍛治は、世界遺産にも登録された「仁徳陵」の建設をきっかけに発展しました。世界最大の古墳である仁徳陵の建設は、15年もの歳月が掛かったと言われています。

その際、土を耕したり穴を掘るために鋤や鍬などの需要が急増。全国から数多くの鍛冶職人が集まり、職人による集落ができたことが鍛治文化の発展に繋がったのです。

さらに、堺といえばポルトガルとの交易が盛んな都市でもありました。ポルトガルから伝わった煙草の葉を刻むための「タバコ包丁」の需要が高まり、刃物の生産が盛んに。現在でも鍛治の街として有名で、料理人向けの包丁の約9割が堺で生産されていると言われています。

独自のデザイン性と機能性を兼ね備えた「武」シリーズも、堺にある老舗「和泉利器製作所」で製造されています。古墳時代から脈々と受け継がれてきた刃物作りの技術を味わえるような高級包丁。一度切れ味を試してみては?

 

生産者情報

株式会社コストジャパン

高齢化社会を迎える時代に備え、毎日を健やかに過ごせるように、質の高い健康食品・化粧品の卸売・販売を行ってきました。この度、より皆様の生活の質を向上させるような製品をお届けしたく、あらゆる食材を簡単にカットできる「武包丁」を開発しました。